ブログで情報提供するのは良いけど、あなたに覚悟はあるのかい?
「人の役に立つ記事が書けなくて手が止まるなら、そんなブログ論は捨ててしまえ」という記事では、人の役に立つ記事を書こうと思うことで手が止まってしまう話を書きました。
自分の備忘録的にブログを運営するみたいな話なら、「もっと肩の力を抜けば?」みたいな話です。
しかし本気でブログで「情報発信」をするなら話は別です。
一言で言えば「あなたに覚悟はあるのか?」ということです。
1.welqみたいな無責任な記事は滅べばいいと思っていた。
DeNAのキュレーションサイトの1つで「welq(ウェルク)」というものがありました。
毎日のように健康関連の記事が増殖していきましたが、最終的には自滅しました。
キュレーションサイトとの戦いについてはnoteにも書いていますが、こんなのが検索上位にいていいわけないだろという怒りの中で日々対抗していました。
キュレーションサイトがSEO対策を徹底した結果、次々に検索上位に行ったのはある意味Googleが良いコンテンツが分かっていない証拠じゃないかなと思うところです。
とにかく「こんな無責任な記事は滅ぶべし」と思いながら、個人ブロガーとして記事で対抗してました(正確にはwelq以外のDeNAのキュレーションサイトですが)。
しかし勝てない記事の方が多く、自分の無力さを感じた事件でした。
その後welqが自滅しなかったら、今も勝っていなかったと思います。
2.「自分の言葉の重み」を忘れるべからず。
DeNAのキュレーションサイトの1番の問題点は無責任という点でした。
自分が書いた記事によって他人が損害を受けてもなんとも思わない企業・人は、単純に「ヤバい」と思ってます。
「誤った情報」で人を殺すことができるからです。
大げさなと思うかもしれませんが、少なくともネット上の誤った情報を信じた結果、ケガをしたり症状を悪化させた人たちがいるのは事実です。
それくらい、情報というのは扱いを間違えると大変なことになります。
もちろん情報と言ってもレベルがあるので、人の生命に直結する情報もあれば、無害な情報もあります。
でも、自分が情報提供する立場なら常に「自分の言葉の重み」を忘れないようにしてください。
他人に損害を与える可能性があることをしていることを忘れないようにしてください。
Googleを欺(あざむ)くために自分は医者だと偽った愚か者がいますが、医者が医者たるゆえんは、その知識が持つ重みを知っているかどうかです。
こんなことを言うと情報発信が怖くてできないという方もいると思いますが、それはとても正常なことです。
取扱注意の毒にも薬にもなる物質を扱っているようなものです。
その重みに耐えられないなら、無理して情報発信なんてするものではありません。
少なくとも「人のお金や健康に影響を与えるYMYLジャンル」については慎重になりましょう。
3.なぜ自分の過去記事を書き直すことをすすめるのか?
過去に書いた記事は「自分」にとっては1度書いてしまえばそれで終わりかもしれませんが、読者にとっては「初めて読む記事」だったりします。
「日付」を見れば「いつ更新されたものか」は分かります。
でも、その情報の賞味期限は切れていないでしょうか?
書いた瞬間は最新の情報だとしても、その後変わっていないのでしょうか。
もし「できる」と書かれたことが今は「できない」としたら、その記事は「誤った情報」を書いた記事になります。
別に削除しなくても、記事の冒頭に「今はできません」と一言書いてあるだけで違いますよね。
しかし、過去記事を一切見直すことなくそのままにしていれば、読者は誤った情報を信じる可能性があります。
だから情報発信者として定期的に過去記事を見直すべきと考えるのです。
終わりに
昔、とあるライターの人が書いた記事の内容を「それは間違っている」と指摘したときに、
「私は分かりやすく伝えているから特に問題ない」
と反論されて絶望したことがあります。
間違っていることを分かりやすく伝えて、読者のことを何だと思っているのか・・・。
実際に取材をしたり、裏を取ったりしても、間違っている可能性が常にある世界です。
それでも情報発信する者としては、自分の言葉の重みを分かった上で、それが相手にどのような影響を与えるかを想像して、文章を書くわけです。
もちろん、ほとんどの記事は人命にかかわるわけではありません。
でも、もしあなたが情報発信をする道を選ぶのなら、私は常に問います。
ブログで情報提供するのは良いけど、あなたに覚悟はあるのかい?
私はいつも「公開」ボタンを押すときは震えるよ。